大震災 / 所蔵品の損傷
収蔵庫での被害状況
収蔵庫は旧館地階に9室、新館4階に2室と別れている。このうち旧館地階に位置する収蔵庫では、液状化現象と湧水のために一時10cm程度浸水したが、ここの収蔵資料はコンテナパットやスチール棚の上などで保管されており,被害が及ばなかった。
新館に複数ある収蔵庫のうち1つでは、中央部に高さ2.2m、幅2m、奥行1mの米杉製棚を固定せずに置き、多くを木箱に入れて収蔵していた。この棚は振動によって約40-50cmほど移動したが、平置きをしていたすべての収納箱はほとんど移動もせず、無事であった。
この木製棚以外で多くの資料を収納していたものがマップケースで、古地図や版画類が納められていた。べ一スの上にA0-A2サイズ用のマップケースをそれぞれ3段重ねて、施錠せずに用いていた。振動の際、引き出しがすべて出たために前倒しとなったが、マットに若干のシワができた程度であった。
稀観本は秩に入れ、高さ242cm、幅200cm、奥行70cmで米杉製のガラス戸付書棚3台に収納していた。そのうち2台の書棚は比較的奥行が浅いこともあって、前倒しになったが、幸い向かい側のマップケース上に仮置きしてあった段ボール箱が先に落下し、これらが緩衝材となって戸のガラスも含めて無事であった。
屏風は米杉製の専用ラックを作り付け収納していた。振動によってベースが前後に移動したようで、1隻のみ飛びだして蝶番が外れた。
別の収蔵庫には桜ケ丘銅鐸・銅戈専用の高さ167cm、幅242cm、奥行65cm、銅鏡専用で高さ173cm、幅205.5cm、奥行50cmの米杉製収納棚を固定せずに置いていた。このうち銅鏡専用棚は桜ヶ丘専用棚に比べて奥行が少ないのか、引き出しが出たためか不明ではあるが、前倒しになった。しかしこれも前方に仮置きしてあった段ボール箱が緩衝材となり、4面が破損したのみであった。この木製棚以外はすべてスチール製の物品棚で、考古資料はコンテナパットに入れ、工芸資料は木箱に入れて収納していたが、被害はなかった。
震災当時、新館の収蔵庫には、約32000件ほどの資料が収納されていたが、被害は陶磁器・銅鏡・版画を主体に25点のみであり、全体では0.07%程度ですんだ。木製棚に木箱という伝統的な収蔵方法の有効性を痛感するとともに、収蔵庫の安全性を再確認する結果となった。
・所蔵資料の被害状況一覧(PDFファイル)
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・修復された被災資料の一覧(PDFファイル)
白い布を被せた箱状の資料は江戸時代の蒔絵箪笥。その右方に倒壊している金色の台座に載せられて収蔵されていた。この両者の間にある緑色の筒状のものはオランダ船の艦載小型砲で、これも転倒して転がっている。
額装の作品は大半が無事であったが、なかには衝撃でガラスが割れるなど損傷をうけた。
工芸品の被害は意外に少なかったが、中にはこのように棚から落下して破損する資料もあった。写真は割れた明治期のガラス。
収納棚から落下し破損した陶磁器資料



